リモートワークは論理的には簡単だけど感情的には難しい制度
2020-01-07
ITエンジニア界隈の話です。
最近、「いい所あったら、またどこかで働こうかな…」くらいの軽い気持ちで、月に数回カジュアル面談を受けています(私はセミリタイア済みです)。
その中でよく質問されるのが「リモートワーク導入しようと思うんだけどどう思う?」という質問です。
私は過去にリモートワークを会社に導入した経験があり、実際にそのリモート環境で数年VPoE的な立場で働いていたこともあるのですが、こういった質問をよく受けるようになったのは今回の転職活動(ここ数ヶ月)が初めてです。それくらい、どこもエンジニアの獲得に苦戦しているということなのでしょう。
私は基本的にはリモートワークに賛成なのですが、それを伝えると大抵「週何日くらい許可するのが良いのかな?1日とかで良いの?」みたいな、出来る限りリモートワークの日数を減らしたいという意思が前面に出てしまっているコメントが返ってきます。
つまり、リモートワークを導入しているという宣伝文句は欲しいけど、出来るだけ社員にリモートワークはさせたくないという会社が多いということです。
実験的に週に1日、2日で実践するのはアリだと思います。しかし、最終的には毎日リモートワーク可能にするつもりが無い限り、リモートワークを導入するのは避けた方が良いと私は考えています。
リモートワークの導入自体は難しくない
何となくのリモートワークでいいなら、ノートパソコンを社員に配れば即開始可能です。
「セキュリティ対策などが必要なのでは?」と考える人が多いようですが、営業職のように外出中にパソコンを使う人はいくらでもいます。技術的な知識が豊富で、ネットリテラシーも高いエンジニアが自宅(決まった環境)で作業するのと、技術的知識の乏しい者が客先や喫茶店(環境が変わる)で作業するのでは、明らかに後者の方が危険です。後者が許可されているのであれば、前者をセキュリティの問題で禁止するのは明らかに矛盾しています。
ちなみに、私が過去に所属した会社で最も頻繁に発生していた情報流出原因は、酔った社員が電車やタクシーにカバンごとPCを忘れてくるというものです。セキュリティ対策を本気で掲げるのであれば、禁酒が最も効果的だと思います。居酒屋で大声で個人情報を公開してる会社員もよく見かけるし。
リモートワークを数日導入しても満足度は向上しない
エンジニアは合理性を重視します。
「週に1、2日はリモートワークOK。しかし、後の3、4日は出社」というルールを作ったとします。こういった会社は私の知る限りかなり多いです。
リモートワークが存在していなかった会社では、最初は喜びの声が上がるでしょう。しかし、ある程度慣れた頃に「自宅で作業可能だからリモートワークが許可されてるのに、なんで3、4日は出社なの?理由は?」と疑問を持つ者が現れます。リモートワークが許可されない部分に、合理的な理由が存在しないからです。
実際、リモートワークを週に数日だけ許可している会社は多くありますが、それが実験期間でない限り、そこに合理性は存在しません。
顔を合わせた方が仕事が進む?監視してないとサボる?チャットやビデオチャットでは人の温かみが伝わらない?気軽に話しかけにくい?
リモートワークには様々な理由で否定的な意見が出てきますが、それらが業務にとって悪影響だというのであれば、リモートワークが許可されている数日は業務に支障が出てしまっているということになります。であれば、そもそもリモートワークを導入しない方が良いのではないでしょうか。
こうなると、リモートワークを導入する理由も、リモートワークを規制する理由も、どちらにも合理性が無くなります。結果、長期的にはエンジニアの満足度をむしろ低下させてしまいます。
リモートワークは距離と時間の壁を壊す制度
リモートワークの強みは、通勤時間や定期代、満員電車に伴う苦痛などに代表される通勤コストを下げられるという点にあります。そして、通勤コストというのは、採用の最も大きな壁でもあります。
東京の会社に、北海道在住の人が通勤するのはほぼ不可能です。北海道まで遠くなくとも、埼玉、千葉以外の他県からの通勤は困難でしょう。
また、私自身がそうですが、片道30分以上かかる会社には行きたくないという人もいるでしょう。IT系の若い経営者はブランド立地が大好きなので、六本木や青山などJRが通っていない通いにくい場所をオフィスに選びがちですが、その時点で多くの人材候補を捨ててしまっています。
つまり、エンジニアが採用できずに困っている企業の多くは、大多数のエンジニアを自ら切り捨ててしまっているのです。
これを一気に解決するのがリモートワークです。
リモートワークが全日行える環境を構築すれば、北海道に住んでいる人も、ニューヨークに住んでいる人も、1年ごとに住まいを変える人も、全てが採用の候補となります。
しかし、週数日のリモートワークでは、この切り捨てた人材を取り戻すことは出来ません。距離的に通うのが難しい人は、通う日数が減ったところで通えないことに変わりは無いからです。リモートワークのメリットがほとんど享受出来ていません。
また、採用候補の母数を増やすと、既存社員の満足度向上に神経質になる必要性が低下します。いくらでも人が入ってくる状況というのは、既存社員にとっても競争せざるを得ない環境だからです。これは会社にとっては大きなメリットになります。
リモートワークは感情を排除して論理的に考える必要がある
リモートワークの懸念点というのは、ほとんどが感情的なものです。
監視してないとサボるという意見を出す経営層は非常に多いですが、では監視している側の人は何をやっているのでしょうか。監視している間自分の仕事に集中出来ているのでしょうか。そもそも、意味のある監視ができているのでしょうか。エンジニアが何やってるか理解出来てるのでしょうか。
私の知る限り、リモートワーク関係なくサボる人はサボります。
口頭コミュニケーションによる情報共有が難しくなることを理由に反対する人も多いですが、情報共有を口頭で済ませるということは、意図が明確に伝わらない可能性が高く、且つログが残らないため記憶頼りということになりますが、それは情報共有が正しく行われていると言えるのでしょうか。取引では言った言わないを避けるために神経を尖らせているのに、社内では無頓着になるのはなぜなのでしょうか。
再確認可能、非同期の情報伝達が可能、考える時間が作れるなど、文章による情報伝達のメリットは誰もが理解しているはずです。仕事に真剣に向き合って適切な情報共有手段を検討するのであれば、口頭コミュニケーションは避けるべき手段なのではないでしょうか。
感情的な好き嫌い、個人の損得を前提条件にしてしまうと、矛盾だらけの使途不明な制度になってしまいます。
権力層はリモートワークの環境に耐えられるのか正直な判断を
リモートワークは権力層の支配欲に揺さぶりをかける制度です。リモートワークは少なからず他者を支配する機会を奪います。
認めたくないかもしれませんが、他人の自由や時間を奪う行為というのは支配欲を満たします。つまり、そこに意味があろうと無かろうと、善意(のつもり)であろうと悪意であろうと、強制したり、強制を匂わせたりして他人の行動を変えることには快感が伴うということです。
だからこそ、経営者や管理職など一定の権力を持っている人程、論理性・合理性を意識する必要があります。
リモートワークはしっかりした環境構築を行えば、採用活動が劇的に楽になり、また今まで来るはずのなかった優秀な人材を獲得出来るようになる可能性が上昇します。従業員満足度も向上し、社員間での競争意識も必然的に高まるため、人手不足の日本では銀の弾丸となる可能性を秘めた制度です。
しかし、確実に権力者の支配欲に対する満足度を低下させます。「上司がいるから帰りにくい→よし、頑張ってるから飲みにつれてってやる」みたいなコンボは完全に封殺されます。古い時代の発想のように見えますが、これが大好きな人はいくらでもいます。
また、社内をうろうろしながら適当に声をかけて回るなどの謎業務も出来なくなります。それで存在感をアピールしていた人にとっては辛くなるでしょう。顔を合わせないからこそ、明確な成果を出す必要が生じるようになります。
更に、パワハラセクハラで楽しんでいた人も終わりです。直接会うこと自体が困難になりますし、チャットでやろうにもログが残るのであっという間に裁判沙汰です。
つまり、リモートワークは「立場を利用してわがままを通したり」「仕事してるふりをしてごまかしたり」「セクハラパワハラなどで個人の欲望を満たしたり」というのを完封してしまう制度だということです。
個人的には良いことだと思いますが、それだと困る人も沢山います。導入した後にそれに気づいて制度をひっくり返すと、組織は凄まじいダメージを受けます。
善悪や論理的な正否は別として、「本当にそれで良いのか」、権力層は導入前によく考えておく必要があります。
デメリットも存在するが乗り越えるべき課題でもある
ここまでリモートワークのメリットや権力層にとっての都合の悪さを中心にお伝えしてきましたが、実運用での成否は社員次第という側面もあります。
簡単に言えば、社員の適性が低いとリモートワークは失敗します。
リモートワークは他者の時間を奪いにくくする制度のため、他者に依存しないとスキルアップ出来ないタイプの人、受け身で与えられるのを待っている人の成長機会は減少します。また、自主的な行動を前提とする制度のため、自己裁量で動けないタイプの人にも厳しい環境が待っています。「何時から何時まで仕事するか」「今日はどこまで進めるか」などが決められず、ダラダラネット巡回するだけで毎日が過ぎていくみたいな人も何人か見たことがあります。情報共有も自己発信が前提となるため、自分から動かないと誰にも伝わらないことになります。
リモートワークでは能力というよりも、行動力を求められます。
とは言え、彼らの問題はリモートワーク関係なく乗り越えるべき課題です。リモートかどうかに関係なく、彼らのお世話をすることに時間を取られてしまっている人がいるという状況自体に問題があるからです。
リモートワークを導入するならなるべく早い方が良い
私のリモートワーク導入に対する見解は以下になります。
・権力層の感情的な満足度が減少する可能性が高い
・受け身の人には会社を去ってもらうことになる可能性が高い
・採用に関しては劇的に楽になる
・上手く運用出来れば社員のレベルは数段階アップする
また、私はあと3年でリモートワークの価値は激減すると考えています。
3年前にリモートワークを導入している企業は数えられる程しかありませんでしたが、今は数えきれない程の数になっています。3年後には、リモートワーク導入企業など珍しくもなくなってくるでしょう。
今導入すれば採用競争でかなり有利に立てますが、3年後には「導入していないと避けられる」という消極的な理由で導入せざるを得なくなっている可能性が高いです。しかし、急いで無理やり導入してなんとかなるような制度でもないので、3年後に慌てて導入しても問題が噴出してデメリットだけを享受することになるでしょう。
ということで、私の結論ですが「リモートワークを検討しているのであればなるはやで導入しろ」です。
かの有名な林先生もおっしゃっていました。
「いつやるの?今でしょ!」